歴史の教科書や時代劇で目にする江戸時代の武士たちのヘアスタイル「月代(さかやき)」は、前頭部から頭頂部にかけての髪を剃り上げ側頭部と後頭部の髪を残して髷を結うという非常に独特なものでしたが、このヘアスタイルが現代の日本人男性の薄毛観や遺伝的傾向と奇妙な符合を見せていることはあまり知られていません。そもそもなぜあのような奇抜な髪型が定着したかというと、戦の際に兜を被ると頭が蒸れて暑くなりのぼせてしまうのを防ぐという実用的な理由から始まったとされていますが、平和な江戸時代になってもそれが武士の正装として定着しました。興味深いのはこの月代の剃り跡の形がいわゆるAGA(男性型脱毛症)の進行パターンであるU字型やO字型と酷似している点です。当時の人々にとって額が広く頭頂部が露わになっている状態は、恥ずかしいことどころか「成人男性の証」であり「戦う男の象徴」としてポジティブに受け入れられていました。つまりかつての日本には「人工的なハゲ」を粋とする文化が存在していたのです。もし現代の薄毛に悩む男性が江戸時代にタイムスリップしたならば、わざわざ痛い思いをして髪を抜いたり剃ったりする必要がなく、生まれつき立派な月代を持っているとして称賛されたかもしれません。しかし明治維新以降、断髪令が出され西洋風のヘアスタイルが導入されると価値観は逆転し、露わになった頭皮は隠すべきものへと変化してしまいました。また遺伝的な観点から見ると、何百年もの間、日本人は月代を作るために前頭部の髪を強く引っ張って髷を結い続けてきたため、その物理的な負担が牽引性脱毛症を引き起こし、広い額や薄い前頭部という形質が淘汰されずに残った、あるいは強化されたという仮説を立てることもできます。現代の日本人が薄毛を気にするのは、西洋的な「髪がフサフサであることが若さと美の基準」という価値観を輸入してしまったからであり、本来の日本人のDNAには「頭皮が見えることは男らしい」という記憶が刻まれているのかもしれません。歴史を振り返ることは薄毛の悩みを直接解決するわけではありませんが、美の基準がいかに時代によって作られた曖昧なものであるかを知ることで、鏡の前で思い詰める心持ちを少しだけ軽くしてくれる効果があるのではないでしょうか。
サムライのヘアスタイルと現代の薄毛の関係