それは、大きなプロジェクトを任され、連日深夜まで残業が続いていた時期のことでした。心身共に疲弊しきっていたある朝、シャワーを終えて排水溝に目をやった瞬間、私は凍りつきました。そこには、今まで見たこともない量の髪の毛が黒い塊となって溜まっていたのです。その日から、私の悪夢が始まりました。髪をとかすのが怖い。シャンプーをするのが怖い。枕に落ちた抜け毛を数えては、ため息をつく。鏡を見るたびに、心なしか地肌が透けて見える気がして、人と目を合わせるのも億劫になりました。高価な育毛剤を試したり、髪に良いとされるサプリメントを飲んだりしましたが、抜け毛の量は一向に減りません。焦りと不安で、夜もよく眠れなくなりました。そんな私を見かねた友人が「少し休んだら?」と、半ば強引に温泉旅行に連れ出してくれました。仕事のことも抜け毛のことも忘れ、ただただ温泉に浸かり、美味しいものを食べ、自然の中を散歩する。そんな穏やかな時間を過ごすうちに、張り詰めていた心が少しずつほぐれていくのを感じました。東京に戻り、久しぶりにぐっすりと眠れた翌朝。不思議なことに、枕元の抜け毛がいつもより少ないことに気づきました。それは、ほんの僅かな変化でしたが、私にとっては大きな希望の光でした。この時、私はようやく悟ったのです。私の抜け毛の最大の原因は、高価なケア用品の不足ではなく、自分自身を追い詰めていた過度なストレスだったのだと。それから私は、意識的に生活を変えました。どんなに忙しくても十分な睡眠時間を確保する。週末は趣味の時間を持ち、意識的にリラックスする。短い時間でもいいから、毎日体を動かす。そうした生活を続けるうちに、あれほど私を悩ませていた抜け毛は、少しずつ、しかし確実に減っていきました。抜け毛は、私の体からの悲鳴であり、SOSだったのです。それに気づかせてくれたあの日の排水溝の光景は、今では自分を大切にすることを教えてくれた、忘れられない教訓となっています。
私が抜け毛の恐怖から解放された日のこと