三十歳を目前にした、ごく平凡なサラリーマンである僕にとって、髪の毛の悩みなんて、まだ遠い未来の話だと思っていた。しかし、その日は突然やってきた。きっかけは、大学時代からの親友と久しぶりに飲みに行った時のことだ。冗談めかして、彼が僕の頭を指差して言った。「お前、なんかてっぺん、光ってない?」。酔いのせいか、彼の声はやけに大きく響いた。僕は笑って「そんなわけないだろ」と返したが、その瞬間から、心の中に小さな、しかし無視できない棘が刺さってしまった。家に帰って、恐る恐る洗面所の鏡の前に立ち、合わせ鏡で自分の頭頂部を見てみた。そこには、親友の言葉を裏付けるかのように、地肌がうっすらと透けて見える、紛れもない現実があった。血の気が引いた。その日から、僕の世界は一変した。朝起きれば枕元の抜け毛を数え、シャワーを浴びれば排水溝の黒い塊に絶望する。会議中も、前の席の人のフサフサした後頭部と自分を比べては落ち込み、エレベーターの鏡に映る自分の姿から目をそらすようになった。焦った僕は、インターネットの広告で見た高価な育毛剤に飛びついた。毎日、頭皮がヒリヒリするのも我慢して使い続けたが、目に見える効果はない。それどころか、焦りからかシャンプーの時にゴシゴシと力を入れすぎ、かえって抜け毛が増えたような気さえした。もうダメかもしれない。そんな無力感に苛まれていたある夜、僕はたまたま手にした本で、抜け毛の本当の原因について知ることになった。そこには、特別な薬品の話ではなく、食事や睡眠、ストレスといった、ごく当たり前の生活習慣の重要性が説かれていた。僕はハッとした。ここ数年、仕事の忙しさを理由に、食事はコンビニ弁当ばかり、睡眠時間は平均五時間、休日は疲れて寝ているだけ。そんな不摂生な生活を送っていた自分に気づいたのだ。髪は、僕の体からの悲鳴だったのだ。その瞬間、僕の中で何かが変わった。育毛剤に頼るのではなく、まずは自分自身の生活を立て直そう。それは、単なるヘアケアではなく、自分という人間を大切にするための第一歩なのだと。次の日から、僕はまず、毎朝一杯の味噌汁を飲むことから始めた。小さな、しかし確かな一歩だった。僕の抜け毛予防は、絶望からではなく、自分自身と向き合うという、前向きな決意から始まったのだ。
僕が抜け毛予防を決意したあの一言